HUNTER × HUNTERが好き過ぎて…

これは2013年1月に書いたレポートのコピーです。HUNTER × HUNTERの連載再開を祝して、ここに無修正で再アップしておこうと思います。

内容はとても個人的なものですが、面白いものになっていると思います。

全てのHUNTER × HUNTERファンに捧げます。

■HUNTER × HUNTERが好き過ぎて…

最近、AmazonのKindleを手に入れました。

あまり僕が読みたい本がKindleで配信されていないので、
微妙にもどかしさがあるんですが(苦笑)漫画を読むには結構いいデバイスです。

漫画は巻数が多いからどうしてもかさばるんですが、
Kindleなら1台に何千冊でも入るので、
そろそろ本気で「漫画図書室」を作らないと行けないと危機感を感じている僕にはうってつけです。

で、とりあえず、改めて読み返したい漫画として、ジョジョとHUNTER × HUNTERがあったので、巻数が少ない
HUNTER × HUNTERを全巻買って、
一気に30巻まで読みました。

最新巻の31巻はまだKindleで配信されていないので、キメラアント編の終わりまで読んだわけですが…

もう、4度目でしょうか。

「王の死」を読むのは。

涙が止まらなかった。

それどころか、まるでワンピースに出てくるキャラクターのように、
鼻水をたらしながら大泣きしてしまいました。

「和佐大輔は冷徹な男だ」と、一部では認識されているようですが、
僕は「他人のデリケートな部分」には、容赦なくメスを入れられても、
漫画や映画ではよく泣きます。

多分、引くぐらい泣きます(苦笑)

でも、なんだろう。例えば、ワンピースのチョッパーのくだりや、
メリー号のくだりで「泣く意味」は説明出来るけど、
「王の死」で泣く意味は、上手く説明が出来ません。

幽遊白書の「たぬきとおじいさんの話」とか、
スラムダンクの「ミッチー復帰の話」とか、
未成年の主張の「屋上で叫ぶシーン」とか、
ウダ暇の「アマギンの死」とか、
火垂るの墓とか、グリーンマイルとか、アイアムサムとか、
ナウシカとか、エウレカセブンとか、まあ、数えきれないほどの
「泣けるシーン」があるわけですが、

あの「王の死」で、鼻水をたらしながら大泣きしてしまう理由って何なんでしょう?

この不思議は僕だけのものでしょうか?

別に、「王」が好きだったわけじゃない。
むしろ、倒されることを願っていたし、泣くなら、ゴン vs ピトーのシーンだと思っていました。だって、目的はそこだから。

主人公はあくまで「ゴン」で、
討伐に行く理由も、「人類のため」とかではなかったし、物語の流れとしても、
「ゴンがやりきれない怒りや悲しみを乗り越えて行く」
という方向に向かうものだと思ってました。

でも、いつの間にか、むしろ、ゴンがサブで、王の行く末がメインになってきて、
冨樫先生にまんまと乗せられたわけで、
今振り返ると、ほとんど「完璧」にも思える展開だったなぁ、と。

で、

僕はHUNTER × HUNTERが好き過ぎて、目的をはっきりさせないと、つらつらといくらでも書いてしまうので、

「王の死で泣いた理由」

を、これを書きながら探っていってみようと思います。

ほとんど完全な独り言なんですが(苦笑)

でも、これだけ人間(僕)の感情を激しく揺さぶったわけですから、そこにはきっと、凄く大事なヒントがあると思うんです。

まあ、興味があれば読んでみてください(笑)

■王の死で涙が止まらなくなった理由

HUNTER×HUNTER第30巻より引用

Kindleが鼻水と涙で濡れて行く。

そんな状態を、僕は自分の意思で止められず、
1ページめくる度に、1度思いっきり全部出して、
「出し切った」と思えるまで次のページをめくれなかった。

でも、まためくる度に、出し切ったはずだったものが、どんどん溢れてくる。

しかし、不思議なことに、僕の頭の中は空っぽで、「何かを考えて泣いている」わけではなかった。

思い出を振り返っているわけでもなく、ただただ、無心に「1ページ」に没頭し、涙と鼻水が止まらない。

「共感して泣く」という状態は、火垂るの墓的なヒューマンドラマではよくあることだけど、
でも、僕は「王」に共感していたんだろうか?

それとも、「コムギ」に共感していたんだろうか?

僕の涙腺は何に感応したんだろうか?

王は最後に悟った。

「生まれたきたことは全てこのためだった」と。

ネテロも悟った。

「これまで生きてきた全てに感謝」
と。

ここに答えに繋がるヒントがあるのかもしれない。

上手くは説明出来ないけど、たぶん、
僕は「死」というものに敏感なんだと思う。

「死ぬ」「終わる」「消える」

僕にとってこれらは、必ずしも肉体的なことや物理的なことではなく、もっと抽象的な概念として、割と日常的に存在するものだ。

例えば僕は肉体的には「2度」死んでいる。

正確には、
「発見が後10分遅ければ死んでいたとき」

「怪我の角度が後1ミリずれていれば死んでいたとき」
だ。

自分でも生きているのが不思議(笑)

それに、毎日僕らは「今日」を終えているし、
「疎遠になった人」を意識から消している。

僕自身も、怪我の治療のために地元から姿を消したことで、
疎遠になった友達にとっては「死んだも同然」の存在になったし、
また、その逆もある。

「今」の自分は、次の瞬間には存在しない。
少しずつ変化をしながら、「パラパラ漫画」の1コマのように、流れて行く。

そして、1ヶ月もすれば、もう別人になっている。

HNTER × HUNTERを「読んだ自分」と
「読んでない自分」では、ほとんど別人になっている。

そして、そんな風な「飛躍」は、
「時間をかけなくても」実際には起こってしまう。

「1秒後には違う自分が存在する」ということを、僕は怪我をしたおかげで良く知っている。

王も「コムギ」を知る前には、
180度違う考えで、違う生き物だった。

王はコムギとの出会いによって、何かが脳内で飛躍し、
「コマ続きの未来」ではなく、一気に別の次元に移動した。

これを僕は「進化」と呼んでいる。

「成長」とは、コマ続きで進んで行くもの。

「飛躍」とは、一気に別次元に移動すること。

「進化」とか、別次元に立ち、進むこと。

つまり、僕らは恐らく、

成長→飛躍→進化

の流れを永遠に繰り返しながら、
その都度「死」を迎えているのだ。

「想像していた未来の自分」「過去の自分」を殺して、「全く未知の自分」になること。

王もまさに、生まれた時には想像もしなかったプロセスを辿り、
「全く未知の自分」に出会い、
そして、最後を迎えた。

その姿を見て、僕が思うことは、

ただただ、美しい

ということ。

31巻で「ジン」が、

「欲しいものを求めて走っていたら、
 大切なものが先に集まった。道中を楽しめ。」

という内容のことをゴンに教えていた。

「王の美しさ」
「変化する世界の楽しさ」
「道中にある価値」

これらが全て、僕の中では「死」というキーワードの中に収まっている。

たぶん、僕の涙はここから来ているんだろう。

王は「生まれた目的」を初志貫徹することなく
女王やプフの願いとは裏腹に、
「コムギと軍儀をして過ごすこと」に全身全霊をかけて、シフトさせたこと。

それ自体がとても美しく、あまりにも人間的で素朴だった。

「生物の頂点に君臨する」という生まれたときの使命と、
「愛する人と過ごす(死ぬ)こと」は、あまりにもかけ離れていて、およそ、そこには論理的な道筋はないだろう。

目的を完遂することが生きる意味か

それとも、

「目的よりも直感を優先して最善であることが生きる意味か」

これは「生きる」ということ、そして、
「死ぬ」ということの本質を問う問題だ。

蟻か、人間か。

僕らは知らないうちに、「蟻」になっているのかもしれない。

目的を盲目的に追いかけるせいで、その道中に出会った「大切なもの」に気が付かない。

確かに、初志貫徹することは素晴らしいかもしれない。

でもそれだけでは、生きることを楽しめない。

僕には、
「絶対に自分の信念を曲げない人間」
よりも、
「直感に従い、自分がより善いと思った方向に進化した人間」
のほうが、美しく見える。

だって、初志貫徹し、信念を曲げない人間は、
「成長」しかしないから。

そして、成長の先にあるのは「老い」だから。

僕にとって、老いは醜く、そして、絶対的なもの。

僕らは肉体的には、老いから逃れられない。

でも、「生き方」「在り方」は、肉体とは関係なく、死ぬ寸前までずっと「生まれ変わり続けること」が出来る。

そう、王が死ぬ寸前に生まれ変わったように。

「捨てられない過去(使命)」

「自分が望む今(直感)」

の狭間、つまり「蟻」と「人間」、
「王」と「メルエム」の間で全身全霊をかけ葛藤し、
その末に、あの結末を選んだ王に、生まれ変わった王に、ただただ祝福を。

美しさと祝福。

カッコつけて言えば、僕の涙の正体はこれだったのかもしれない。

そして、僕自身が目指すものも、ある種の「美しさ」なのかもしれない。

あれほど美しい「死」を僕は見たことがない。

あれほど羨ましい「誕生」を僕は見たことがない。

普段は思わず「冨樫」と呼び捨てにしてしまうけど(苦笑)、

改めて、「冨樫先生」の力には脱帽した。

ありがとう。冨樫先生。

待ってるよ。冨樫先生。

いつか会おう。冨樫先生(笑)

HUNTER × HUNTERが好き過ぎて…終わり

 

和佐大輔

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ABOUTこの記事をかいた人

和佐大輔

「人生で大事なことはすべて漫画から学んだ」と豪語するマンガタリのライター。「漫画を愛し、漫画に愛された男」サンシャイン和佐は少しでも多くの人に漫画のすごさを伝えなければいけない、という身勝手な使命のためにマンガタリを一人で運営中。詳しくはプロフィールをご覧ください。